ヘルシーの定義と幸福度のバランスについて

ヘルシーの定義と美味しさ幸福度のバランスについて

このような記事を書く際に、猛烈に悩むポイントがあります。

それが「ヘルシー」という言葉。日本語的に言えば「健康的」でしょう。

結構大きなメディアでも躊躇なく利用されていますが、ヘルシーという言葉に明確な定義はないはずです。その捉え方は千差万別。普段の生活において健康への意識がそれほど高くない、多くの人たちにとってヘルシーは肉より野菜程度でしょうし、瘦身を目指している方であれば(その真偽は別として)カロリーが低いことでしょうし、ノンオイルであることなどもそうでしょう。少し健康界の流行に敏感なら糖質の量なのかもしれないし、さらに突き進めばGI値やAGEsの低さまでが含まれるでしょう。

私は個人的には研究者ではないが、GI値やAGEsまで気にするタイプなのですがヘルシーという言葉を使うのはこのような際に非常に憚られるのです。定義レベルをマスにすると、分かっていても専門的観点からの指摘を頂くこともあるでしょうし、その逆を行くとそこに到達させるための膨大な説明と、ある意味権威が必要になります。

もうひとつの大きな問題が、食を語る際に(仮)ヘルシーだけで論じていいのかという部分です。食には成分に現れない幸福的要素があると考えています。あえて、(仮)幸福度と呼びましょう。これも非常に曖昧な尺度で曖昧×曖昧=カオスとなることは否めませんが、それについてはもう一旦おいておきましょう。

端的にいえば一般的に体に悪いと思われる食品でも、それを摂取する当人にとっては至福であることもあるということです。しかしながら、どちらかといえば、「早死にしてもいいから、好きなものだけを好きなだけ食べていたい」というポイントは異なるものです。どのようなポイントかといえば、例を一つ上げた方がわかりやすいでしょう。

20年前私が大好きでよく読んでいた漫画に「ホットマン」というものがあります。

この漫画自体、かつては不良であり不規則な生活を繰り返していた主人公が実娘の七海の存在を知り彼女がアトピーに罹患していたことから自らの生活習慣を恥じ、食への意識を高める傍ら社会や家族との関わりを考えていく非常に意義のある作品だと思っているのでどなたにもお勧めできるものですし、ドラマ化もされたのでご存じの方もいるのでしょう。

私の食に関する意識の原点はこの漫画にあります。

ドラマでそのシーンがあったのかは定かではないのですが、そのいちエピソードに老人がカレーを食べるシーンが存在します。高齢の方にとってカレーライスは胃への負担などを考えると好ましくない食べ物ではないかと好奇の目を向ける主人公に対して、それに気づいた老人が答えます。その老人にとっては大学時代の楽しい思い出を思い起こさせてくれる大切な食べものなのであると。

このシーンは今でも脳裏に焼き付いていますし、その後健康食や食生活により興味を持っていった時も忘れずにいる教えの一つです。これを長年、文章で表すのが非常に困難で口頭でしか伝えられなかったのですが、ようやくそれに相応しい言葉に出会えました。

それがコンフォートフードです。

人とのつながりという意味では、「コンフォートフード」という概念もあります。人は特定の食事に対して特別な価値や意味を見出し、その食事をとることによって癒やされたり幸福度が上がったりすることが分かっています。コンフォートフードを食べて家族や友人と過ごした楽しい思い出がよみがえり、オキシトシンなどが分泌されて幸福感を抱くといったケースが挙げられます。幼少期に食べた料理、お母さんの手料理(おふくろの味)、家族や友人と揃って祝うイベントで食べる料理(クリスマスや正月など)といったものがコンフォートフードに該当するでしょう。

出典:食を通じた幸せ・ウェルビーイングを考える pwc

コンフォートフードは時に、健康への影響を考えれば好ましくないものも当然含まれるでしょう。要はそこまでストイックに成分表でしか見えない部分で私は捉えていないですよということです。この後、私が作成する記事においてはこのような理解の前提がありながら論じていきたいと思います。

このような例を持ち上げずとも、「そうそう、ケーキやお菓子など砂糖を使ったものは幸福感もあるし、特に子供にとってはおやつは当たり前にみんな取っている文化だし完全に遮断はできないよね」と多くの方が仰いますね。私も砂糖は好きですし、否定はできません。コンフォートフードの拡大解釈と呼んでもいいでしょう。

コンフォートフードの存在を認めるとしても、その頻度や量は制限されるべきものだと私は思います。

特に砂糖に関しては(上記の概念があったとしても砂糖は極力控えるべき悪性の高いものと個人的には思っています。中毒性のある観点では麻薬・アルコール同等でしょう(麻薬とアルコールを並列するなと怒られそうですが)。

子どもが大好きだし、思い出の品だからという理由でアルコールを誕生日だけはあげるよという親はそうそういないでしょうし、麻薬は体に悪いとはわかっているが至福なので仕方がないと思っている人は、この麻薬が禁止されている環境下ではほぼいないでしょう。

砂糖はそのような政府・業界・マスメディアからの制限・断罪がない、逆に言えば免罪符があるからこそ理解される(仮)ヘルシーと(仮)幸福度の関係で出てくる代表選手なのでしょう。

なお、食に関わらず健康と幸福に関しても同じことがいえると思います。何事も過ぎたるは猶及ばざるが如し、中庸という概念は重要と私は思います。イネーブリング・ファクターという考え方も今後考えていきたいところです。

これまで健康に関する研究と幸福に関する研究は、それぞれ長い間続けられてきましたが、それらを組み合わせる発想は意外にもほとんどありませんでした。その二つを結び付ける共通の要素を提示したのがイネーブリング・ファクターです。

=中略=

この実験から得られたのは、人々の気持ちの根源にダイレクトに関わるファクターにアプローチすることが、健康促進にも有効であるということです。つまり、「ハッピー」を入り口にして、そこから「ヘルシー」への道筋をつくっていくという方法です。

出典:「ヘルシー」から「ハッピー」へ医療はいかに拡大するのか ダイヤモンドオンライン

 

 

 

ABOUTこの記事をかいた人

食に関して強い興味を持ち、世間に流布する賛否両論を必ず吟味して決定する慎重派です。
必ず一方のみを鵜呑みにすることなく総合的に判断するのでその調査と意思決定に至る理由を参考までに共有していきたいと思います。
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